67人集合でギネス世界記録へ…田中宏和の涙
2011年11月09日趣味として同姓同名の人を探す「田中宏和運動」が、ついに世界一の称号を手にする。10月15日に東京・お台場のイベントスペース「東京カルチャーカルチャー」で開かれた「田中宏和運動全国大会」に、史上最多67人の田中宏和さんが集合。11月に入り、「同姓同名の最大の集い」としてギネス世界記録を申請した。英国のギネス・ワールド・レコーズ社によって年内にも認定される見込みだ。
さて、私は2009年から田中宏和運動を取材しており、このブログでも
■【すごい人’09】同姓同名探し「田中宏和運動」の田中宏和さん(2009年12月31日)
■田中宏和33人が初の全国大会(2010年4月09日)
とたびたび取り上げてきた。今回はその縁で、記録申請の「証人」を務めることになった。何でもギネス・ワールド・レコーズ社から「ジャーナリストが適任」と言われたとのこと。イベントでは67人の田中宏和が持参した住民票を確認し(確かに全員間違いなく同じ名前でした)、後日、指定書類に署名させていただいた。
あらためて活動を振り返ってみる。発起人の「ほぼ幹事」田中さんは、東京都在住の会社員。1994年のプロ野球ドラフト会議で同姓同名の投手が近鉄に指名され、妙にうれしくなって運動を始めた。徐々に人数を増やし、昨年4月の初の全国大会には33人が集まった。
手応えを感じて昨年6月、ギネス・ワールド・レコーズ社に記録申請を問い合わせると、「Largest same name gathering(同姓同名の最大の集い)」として認定するとの返事が来た。「ただし、最低50人」との“ノルマ”も課された。
今回、全国から自腹の交通費もいとわず集まったのは、ノルマを大幅に超える71人。運動のきっかけになった元近鉄の田中さんも駆けつけた。しかし2人が住民票を忘れ、「妻が産気づいた」「帰りの電車が間に合わない」と2人が早退。67人での記録申請となった。
取材を始めたときはまだ10人そこそこで、「9人そろったら野球チームができる。相手をかく乱できるね」と無邪気に話していた田中宏和たちだったが、今ではプロ野球球団における支配下登録選手枠(70人)に並ぶほどになった。イベントが迫るとメールボックスが「送信者:田中宏和」で埋め尽くされてしまう発起人の混乱も加速する一方だ。
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平凡な名前を追究した結果、世界一の存在になった。このねじれ現象を、発起人の田中さんはどう考えているのだろう。それが知りたくて、イベント終了時にコメントを求めた。
すると、まさか。田中さんはマイクを握ったまま言葉を詰まらせ、「本当にちょっとした思いつきで、ここまで楽しいことができるなんて…。くだらないことで世界一になるなんて、最高です」と、涙を浮かべたのだ。
苦労もあるけれど、そもそもが「目的」のない集団である。楽しみ続けて17年。泣くようなことなのか?と首をひねる人も多いかもしれない。けれどこの涙には、ある種の真実が込められているようにも思える。
私が思い出したのは、かまやつひろしの「ゴロワーズを吸ったことがあるかい」(作詞・作曲:かまやつひろし)という歌だ。
ポエトリー・リーディング風の長い歌詞。そこでは何かに“凝る”ことの意味が歌われる。たとえば「バーボンウイスキー」でも、「アンティックの時計」でも…と具体例を挙げて、こう訴えかける。
「そうさ何かにこらなくてはだめだ
狂ったようにこればこるほど
君は一人の人間として
しあわせな道を歩いているだろう」
最初は同姓同名の選手がドラフト会議で指名されたから、年賀状のネタにしただけだった。しかし、それこそ狂ったように凝り続けた結果、今では本を出したり、テレビに出たり、オリジナルソングを制作・配信したりと、活動は予想外の方向に広がった。そして何より、出会うはずのなかった多くの人とつながり、笑い合うことができた。
生きてるといろいろあるけれど楽しもうじゃありませんか、という気概。田中宏和運動は、本人の意志とは関係なく与えられた「名前」をどう受け止めるか、というテーマに必然的に向き合うことで、人生に対して肯定的になれる作用があるのではないか。あらためてそう思いました。
(石井知明)

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